ちょっと妥協して建ててしまったマイホーム

田舎の一戸建てマイホームに住み始めて16年。あっという間の16年でした。ちょっと妥協して建ててしまったマイホーム 田舎の一戸建てマイホームに住み始めて16年。

虫歯除去

あっという間の16年でした。27歳で結婚し、最初の1年間はアパート暮らしでした。

しかし、集合住宅というのは私も主人も、どうも気を遣う生活に慣れず、早々に「一戸建てに住みたいね」という意見が一致し、結婚2年目にして早速マイホーム建築に向けて動き出しました。

といっても、モデルハウスを見に行ってもハウスメーカーに話を聞きに行っても、それはそれは様々なタイプの家があり、また価格もピンからキリまであり、どんな家にしようか悩みが増すばかりでした。

なかなか話が進みませんでした。でも、しばらくすると漠然と「こういう家がいいな」というものが見えてきました。

主人と決めたことは「独立した和室がある」ことと、「広い庭がある」ことの二つだけです。あとは予算も決めて、土地と家の予算の内訳もだいたい決めたのですが、広い庭を確保するためにある程度の坪数の土地が必要となり、家にかけられる予算はそんなに余裕がなくなってしまいました。

いざ間取り決めや見積もりが始まると、案の定いろいろとオプションを付けたくなったり、いい材料を使いたくなったりしましたが、きりがないのでグッと我慢して、なるべくシンプルな構造の家を建てることになりました。

そうして建った我が家に住み始めた16年…大きな不満はありませんが、やはり16年経つとあちこちガタが出始めます。高級な材料を使えなかったため、ドアの淵が剥がれてきたり、壁紙が痛んできたりと最近は経年劣化が目立ってきて気になって仕方ありません。

今更ですが、後悔しないためには、少し無理をして最初のプランでワンランク上の材料を使うように決めてしまったほうが良かったかなと思います。でももしそのようにしていたとしたら、今はローンの支払いがきつくて、やはり予算を守って建てるべきだったかなと思っていたことでしょう。

結論としてはどちらにしても、最初の予算が限られている以上、何らかの後悔はしていたのかな…ということですね。

看護学生から看護師になってみて

介護福祉士

去年の看護師国家試験に無事に合格し、4月から看護師として働き始めました。

看護学生から看護師になってみて 去年の看護師国家試験に無事に合格し、4月から看護師として働き始めました。

看護学生のときの勉強方法は、最大20科目ほどあるテストを乗り越えることが精一杯でした。学校の試験は先生たちも、留年や試験に不合格とはなってほしくないため、ここはテストに出るよ!などわかりやすく伝えてくれる先生ばかりでした。

なので、テスト前にその部分を見直せば不合格になることはありませんでした。

それよりも、私は看護大学だったのですが、出席のチェックが厳しく、他大学よりも厳しくされているのではないかなぁと思いました。国家試験に向けての勉強方法は、問題集を2回やりました。

1回目は解説をみながらわからない単語や自分が理解できていないところを見直し、レビューバックというほとんどの看護学生が買っている分厚い参考書に書き込んでいきました。

2回目は、1回目に解けなかった問題を中心に見直しを行うことで合格することができました。

4月に就職した病院は地元では大きな総合病院で、私は若いうちはいろんな知識と技術を身につけようと張ろうと思っていたので、ICUを希望しそこに配属されることになりました。

給料は大卒の基本給が22万円ほど、月5回の夜勤で手当てが8万円ほどつきました。

師長の方針なのか病院全体の方針なのかわかりませんが、患者さんに接する点滴や処置などが時間内に終わらなかった業務での残業は認められず、残業として認められるのは委員会や時間外で行われる研修のみでした。

始業時間前の患者さんの情報収集や、日勤後の残業が合計で2時間ほどあり、それがサービス残業として扱われていたのが納得できませんでした。

ICUでは患者さんの疾患も多岐にわたり、1年生は採血や末梢ルートの確保などの基本的な看護技術もままならなかったので日々勉強に追われる毎日でした。

勉強しなければいつか自分が患者さんを殺してしまうことになるという恐怖との戦いでした。

それでもお盆やお正月はオペがなかったので割と暇なときもあり、先輩たちは有休を消化して半日などであがれる日もありました。

東京から関西へ。出戻り娘と孫に優しい両親

東京で、航空会社で客室乗務員として働いていましたが、離婚を機に関西に帰ってきました。実家で、子供と一緒に両親の元で暮らしています。

子供は小学一年生で、私は会社勤めで夜帰ってくるので両親が子供の帰りを迎えて来れています。

東京の頃はフライトが月に3回ほどしかなかったのでその他はほとんど子供と一緒にいたのですが、今は格段に子供と一緒に過ごす時間が減ってしまい、私自身が一番寂しく感じていました。

子供にも悪いことしているなぁと思っていたのですが、ある日「僕、今の方がおばあちゃんとおじいちゃんといっぱい遊べるし、お母さんとは土日にたっぷり遊べるから嬉しい!」と言ってくれたのです。

無理をして言ってくれたのかもしれませんが、確かに前よりも土日休みが子供と一緒になったので確実に一緒にいられるのでそこは良かったのか、と思うことができました。

 

私と子供が実家に帰ってきて、誰よりも嬉しそうなのは両親です。両親は1人娘である私が東京に行ってから2人きりでずっと暮らしていて、とても静かだけれど寂しかったので、とっても嬉しいと喜んでくれました。

母は、毎日ご飯を考えるのが楽しく生き甲斐ができたようで前よりも顔つきが若くなったように思います。そして父も、どこかでイベントを見つけてきたり、新しいお店ができるたびに息子を誘って遊びに出かけてくれます。

父親代わりをとてもよくやってくれています。「迷惑かけてごめんね。」と言うと、「何を言ってるんだよ。元気が出て逆に親孝行なくらいだ」と言ってくれました。とてもありがたく思っています。

実家に帰ってきて、なんとなく息子も顔が優しくなった気がします。優しい両親のおかげです。